re:

 驚くほど下らない切欠で足元が揺らぐことがある。
 
 帰り道、目の前を歩く人たちを見て、あーちくしょーちょう邪魔。あのスカート可愛いけど。けらけら笑って楽しそうじゃんか。楽しいのか? そして何故そんなに楽しいのか? わたしは一向に楽しくない。楽しくないのだ。シャンプーを買って帰らないといけない。肌を冷たい風が刺すので頬が強張ってもう笑えない。いや、べつに、笑う必要もないんだけどね。

 家に帰ってベッドに寝転ぶ。そこには天井がある。が、天井があるだけだ。私はこの光景を何度も見ているし、何度も見る必要に晒されている。テレビを点けても静かすぎて耳鳴りがする。

 ベッドの上から手を伸ばして、昨日食べ残したチョコレートを一つ口へ放り込む。だらだら溶けて甘い。ごろり、と寝返りを打ちながら、今日あの娘にちょっときつく言い過ぎたこと、名刺交換のとき上手に喋れなかったこと、お昼に食べたサンドイッチの海老が生臭かったこと、等をひとつひとつ反芻する。止まればまた一人。

 大人ってすごいな、と思う。

 こんな日々の揺らぎを一日、一日、握り潰し、少なくとも傍から見えない程度の範囲で誤魔化していく。わたしもそうしている。大人だから。何も哀しくないのにときどき死にたくなったり、人恋しいのに誰も許すことができなかったり、あ、もう、何もしたくないかも。そういう夜と朝を見ないようにして内臓の奥へ溜め込んでいく。翻ってまた一人。

 ふとテレビに目をやると、20代独身OLの婚活、というような企画が流れていて、馬鹿馬鹿しい。わたしは、わたし自身の孤独すら独り占めすることができない。それは既にアイコン化され、当たり前のものとして消費され続けている。

 振り返ると灯りの気配。どうかわたしに、わたしだけに朝陽が降り注ぎますようにと傲慢な祈りを抱いて眠る。そうして僅かなセンチメンタルを親指でゆっくりと潰す。