ロックンロール★スター

 居酒屋でごはんを食べていたら、隣に居るひとが「バンドをやりたい」というので、「それはいいのではないか」という話をした。バンド。わたしもできればバンドをやりたかった。慣れない楽器をもち、学生のころ、多少その真似ごとをしたことはあったけれど、その結果わかったのは「わたしは音楽を奏でる人間じゃないのだなあ」ということだった。

 Emのかたちに指を置けばEmの音は流れるのだけども、わたしにはそのEmを使ってやりたいことがない。たいせつなことは音に載る前に言葉になって漏れてしまう。つまりわたしはとてもおしゃべりなのだった。

 中学生のとき、買ったばかりのMDプレイヤーをチャリのカゴに乗せて、ニルヴァーナの音を耳につっこんだ。ニルヴァーナがどこのどういうバンドなのかはよく知らなかったけど、カート・コバーンは自殺しているのでとてもロックだと思った。あと、ギターの音がやたら大きくて激しいのもロックのような気がした。わたしはロックスターになりたかった。まあ、言ってしまえば、ロックスターの女というポジションでもよかったのだけれども、とにかく薄暗い部屋でガンガンに音を篭らせて、もくもくした煙の中で悪い言葉をささやくような、そういう生活がしたかった。だけどもうちの周りにあるのは川と田んぼだし、寄り道できるようなところは駄菓子屋とホームセンターしかないし、アルコールに溺れるアンニュイな女を演出しようと試みるも耐性がなくてすぐ酔っぱらい気持ちよくなってしまうし、勢いで買ったドクロ模様のパーカーを羽織ったまま、わたしは「東京に行かないとロックじゃないのかなあ」というようなことを考えていた。川べりの土手はあちこちに雑草が生えていてとても寒かった。

 わたしはいま東京にいるのだけども、あんまりロックじゃない。というか、ぜんぜんロックじゃない。宇田川町あたりのおしゃれなレコード屋スウェーデンあたりのおしゃれな音を聴きかじり、「なんだかドラムが技巧的ね」というようなことを口走る、ひじょうに“そこそこ”な大人になった。小心者なので悪いこともあんまりしない。ちゃんと言うと、ちょっとだけしかしない。

 それでも、ひと月に一度くらい、無性にロックンロールなものが聴きたくなる。もうちょっと破天荒になりたいなーと思いながら、止めている煙草を一本吸う。パジャマになったドクロ模様のパーカーを着て、よく眠り、目を覚まし、低血圧による寝起きの悪さは、ちょっとロックかなあ、と思う。